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とある法務部員の備忘録。

某IT企業に務めるお気楽法務部員が、法律、ゲーム、生活、その他諸々を書き綴っております。

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地元の友人との今後の関係性について。

 私には、「地元の友人」と呼べる人はほとんど居ない。

 荒れていた地元の公立中学に進学させたくないと考えた親が、私に中高一貫の私立中学を受験させ、そのまま地元のコミュニティを離れたからだ。なので、私に「地元のコミュニティ」なるものは存在しない。

 

 今回の記事は、地元の友人との関係性について書きたいと思う。ちなみに、最初に断っておくと、あまり気持ちの良い話ではない。大人になるにつれて、地元の友人と付き合うのが困難になった…という類いの話だ。

 

 

 大学卒業直後に開催された小学校の同窓会はよくある風景だった。

 大学まで進学した者自体が極端に少なく、正社員として就職している者は多分3~4名。それ以外は、フリーターやニートがほとんど。既婚者や子連れもいたが、既にバツイチの人もいるぐらいだった。

 運動神経抜群で中心人物だったRは、大学を中退して父親の家業(建築)を継ぎ、イケメンでモテモテだったHは、かつての面影をなくした小太りの自動車整備士になり、お笑いが好きでクラスの人気者だったTとMは、いまだに仲良くつるんでいて、歌手デビューを目指しているようだった。

 

 今回は、小学校時代の友人たちが、それぞれ異なる人生を歩んでいるという話をしたいのではない。地元にとどまって仕事をしているという話でもない。というより、地元のコミュニティを離れた自分からしたら、繋がりのない小学校時代の友人たちがどのような人生を歩んでいようが知ったことではない。今日話したいのは、唯一繋がりのあるAとBの話だ。

 

 Aは頭が良く、府内の進学校へと進み、高校卒業後は有名国立大学へ進学した。おそらく小学校時代の同級生の中で、Aが一番高学歴だと思われる。Bは出席番号が隣で昔から仲が良く、私立大学の情報系の学部へと進んだ。純朴な性格の良い奴だ。 

 私が某私立中学に進学した後、そんなに頻繁ではないが、この3人で遊ぶ機会が定期的にあった。普通、別々の学校に通っていたら、遊ぶ機会なんて徐々に消滅していくもんだが、不思議と3人の縁は切れなかった。よっぽど気が合ったのだと思う。

 地元のコミュニティを離れた自分が小学校の同窓会に参加したのも、AやBとの繋がりがあったからだ。この2人との繋がりがなければ、小学校の同窓会に参加する理由も動機もないと言っていい。

(今から思い返せば、有名大学へと進んだ人や高度な専門職に就いた人は居たと思うが、地元のコミュニティとの繋がりをなくしてしまったため、参加しなかったのだろうと思う)

 

 

 AやBとの関係性について、大学卒業直後ぐらいまでは特に変化はなかった。全員就職していなかったからだ。

 私は司法試験を目指すためにロースクールに通っていたし、友人Aは理系の大学院に進み、友人Bは大学卒業後アルバイトをしていた。お互いお金はなく、立場はほとんど変わらなかった。

 

 最初の変化は、友人Aが就職するために上京した時。年齢で言うと、24歳ぐらいの頃だ。就職後、友人Aは車を買ったり、東京の夜の街で遊んだり、社会人生活を満喫するようになった。次の変化は私が就職した時。年齢で言うと26歳頃。地元関西の企業へ就職し、そこで数年キャリアを積んでから東京の会社へ転職した。

 それぞれが次のステージへと進んでいく。誰しもが経験する当然のステップアップなのだが、Bにはそれが当てはまらなかった。

 

 Bは大学卒業時、就職しなかった。おそらく就活すらしていないと思う。

 昔から大人しい性格で、極端なまでに自己主張をしない。他人とコミュニケーションを取ることに億劫で、社会に出て他人と関わることが嫌だったのではないかと思う。あるいは、フリーターとして生きていければそれで良いと思っていたのかもしれない。

 

 その考えでも20代はまだ良かった。自分が司法浪人をしていたこともあり、まだまだやり直しのきく年齢だと思っていたから。20代の半ばから後半にかけて、一念発起して成功した人だって沢山いる。やる気になれば何だって出来る。Bだってもちろん例外じゃない。これからお互い、輝かしい将来が開けているんだと信じてやまなかった。

 でも、Bは何の努力もしないままズルズルといってしまった。長年勤めたアルバイトも、仕事内容がキツくなると、実にあっさりと辞めてしまう。その次のバイト先では、自分より年下のバイトリーダーとの関係性に耐え切れず辞めてしまう。アルバイトなんていい加減やめて、ちゃんと正社員として就職しようにも、何の経験も資格もスキルも持たない状態では、企業は採用してくれない。

 恥も醜聞も捨てて、藁にも縋る思いで面接に臨めば、1社ぐらいその男気を買ってくれる会社があったかもしれない。でも、Bは自分を追い込む方法を知らず、なぁなぁで事を進めることに慣れすぎてしまっていた。面接は全戦全敗。必死になれないBを採用してくれる企業はなかった。

 

 そして、取り返しのつかない30代へと突入してしまう。

 この年齢に差し掛かると、もはや本人の努力や運だけではどうにもなくなる。何かを始めるには遅すぎるのだ。20代のうちに、何かひとつでもやりたいことを見つけて、それに打ち込んでいればまだ分からなかった。それが開花したかもしれないから。でも、Bには何もない。趣味らしい趣味もなかった。

 

 Aとの間で、Bを助けることは出来ないかと話し合ったこともあった。どうすればBがやり直せるか。どうすれば正社員として働けるか。どこかに職はないのか。Bが続けていけそうな仕事はないか。真剣に話し合って、Bに求人を紹介することもあった。

 しかし、どのようなアプローチをしようが、それがBの心を動かすことはなかった。B自身、安定した職を探しているものの、正社員は無理と思っているらしく、全く本気が感じられない。何か努力をするわけでもない。のれんに腕押し、ぬかに釘だった。結局、Aとの間で、「正社員として働く」という考え自体がこちらの押し付けということになり、Bがフリーターとして生きていきたいというなら、その意思を尊重しようということになった。

 

 恩着せがましいことを言うつもりはないが、Bでなければこんなことを真剣に考えたりはしない。B以外の同級生が、フリーターをやっていたとしても、正直なんとも思わなかったし、現に何も思わない。

 

 

 マイルドヤンキーと呼ばれる人たちは、地元にとどまり、地元のコミュニティの中で、小学校・中学校などの昔の友人たちとつるみながら、特に上昇志向もなく、低所得のまま、地元で一生を終えていく人生を選ぶという。

 今でもかつての仲間たちが大事であり、その大事な仲間たちと、「〇〇先生がうざかった」とか、「△△と一度はヤリたかった」とか、未だに昔の思い出話をする。そこで時が止まっているのだ。

 だから、大人になっても、大人の振舞い方が分からない。かつてのいじめられっ子は、彼らの中で、未だにいじめられっ子なので、久しぶりに会えばそういう対応をする。それがどれだけ幼稚で痛いことなのか、彼らには分からない。

 

 私は、マイルドヤンキーのような生き方を否定しているのではない。地元に魅力を感じ、地元を愛し、地元のために働くことは立派なことだ。自分には到底真似できない。そういう人が居たって良いと思う。もちろん、Bがそういう生き方を選ぶのであれば、それを尊重する。

 

 でも、次の2つの点でとてつもなく寂しくなるときがある。

 

 まず、地元のコミュニティ外に、想像もつかないほど大きな世界が広がっていることを知らないという点だ。私は、これからもっと広い世界を知りたいし、実際知ることもできるが、Bとその景色を共有することができない。偉そうかもしれないが、Bにとってなんら有益な情報ではなく、地元で生きていくうえで不必要な情報だからだ。20代は分からなかったが、この差はこの先もっと広がっていくと思う。

 もう一つは、将来の話ができないという点だ。この先に待ち受けているであろう将来や未来や夢について、語り合うことすら憚られる歳になった。おそらく、将来の話をしても、Bは参加できないし、嫌味になってしまう可能性すらある。こんなことを言うこと自体がもはや嫌味だろうか。

 

 それはBの選択だから、もはや私にはどうにもできないし、昔のように楽しく過ごせる関係ではなくなってきているが、数少ない「地元の友人」と距離感を感じなければならないというのは複雑である。