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とある法務部員の備忘録。

某IT企業に務めるお気楽法務部員が、法律、ゲーム、生活、その他諸々を書き綴っております。

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【契約書】誠実協議条項は本当に不要なのか?

誠実協議条項不要論について

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 誠実協議条項(以下、単に「協議条項」といいます。)とは、契約書における条項や文言において、「別途協議のうえ決定する」とか、「契約の解釈について争いが生じた場合は双方誠実に協議して円満な解決を目指す」というように、「話し合って決めましょう・解決しましょう」という旨を定めた条項のことを指します。

 

 この協議条項につきましては、契約実務において根強い不要論があります。不要論の論拠は、筆者の知る限り、概ね以下のようなものです。

 

  1. 契約は十分な交渉・協議を重ねて締結するものであり、協議条項を設けるということは何も決まっていないのと同じである。
  2. トラブルになれば協議を実施することが困難なケースも多く、そもそも、協議条項がなくとも普通は協議ぐらいする。
  3. 契約自由の原則に基づき、当事者は合意によって契約内容を追加・変更できるのだから、協議のうえ決定するというのは当たり前のことを言っているにすぎない。
  4. 英米契約においては協議条項など規定されていない。

 

 但し、不要論者の中でもニュアンスが異なっており、「完全に不要」という論者もいれば、「不要だけれども、規定しておいて損はない」という論者もいるようにお見受けします。

 後者の原則不要論を採る論者は、協議条項について、話し合いによる平和的な解決を好む日本人の特質に合っているという点において理解を示しつつ、契約書に定めのない事項について解釈が分かれた場合には、本来、法令や慣習に基づく解釈適用が優先されるべきところ、協議条項の法的拘束力を肯定し、いきなり訴訟などの法的手続に出るのではなく、当事者の意思を確認する協議を優先させることが出来る点においてメリットがあることを認めていたりします(但し、そのような協議条項の拘束力には強い懐疑感を示されていることがほとんどです)。

 

 以上の議論を前提として、私は、「契約書の雑則規定としてよく見かける協議条項は不要であるが、個々の取引規定における協議条項は、場合によっては必要である」という立場です。この点について、以下詳述致します。

 

雑則規定としての協議条項

 契約書は、冒頭に目的規定や定義規定が置かれ、そのあとに支払条件などを含む取引条項が続き、最後の方に、解除条項や準拠法・合意管轄条項などの一般条項が規定されているということがほとんどです。

 そして、大抵の契約書には、一般条項(雑則規定)として、協議条項が定められており、その内容としては、「本契約に定めのない事項又は解釈上疑義を生じた事項については、甲乙協議の上、誠実に解決に当たるものとする。」といったものがほとんどです。

※ 契約書によって微妙に文言は異なりますが、ニュアンスとしてはどれも同じです。

 

 協議条項の不要論者の多くは、この雑則規定としての協議条項のことを指して、「不要」と主張しているのではないかと思いますが、この点については私もほぼ同意見です。

 理由は上述のとおりであり、多言を要しません。困ったら話し合いで解決するという考え方を貫徹するのであれば、そもそも、「契約自体が不要」という帰結になるような気がします。それに、どうしても訴訟ではなく、協議によって解決したいのであれば、協議条項に頼るのではなく、不起訴の合意をすべきです。

 

個々の取引規定における協議条項

 他方、個々の取引規定の中には、契約締結時点において、その内容を細部にわたって具体的に確定することができず、契約の履行過程における協議に委ねざるを得ないものや、そもそも当初から協議によって内容を決定することを予定しているものがあります。

 例えば、委任契約における費用負担などを想像してみてください。民法の規定によりますと、「受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後における利息の償還を請求することができる。」と規定されており(650条1項)、かかる規定は準委任契約にも準用されています(656条)。

 これが委任契約当事者間の費用負担の原則ですが、(準)委任契約においては、かかる原則は修正され、受任者が契約の履行過程で支出した費用は、原則として受任者の負担としつつ、別途協議したうえで、委任者の負担とされた費用について、受任者は当該費用を請求することができる、といった規定を置くことがあります。

 

 もし仮に、常に受任者の負担と定めたとすると、委任事務を処理するために、想定外の支出があった場合や、過大な支出があった場合であっても、受任者は当該費用を委任者に対して償還請求することができず、当事者の公平が害される結果となりかねません。

 それなら、受任者の費用負担の上限額や、受任者の負担とする費目を定めておけばいいじゃないかという考えも浮かびますが、単発の委任契約であるならばともかく、継続的役務提供契約のように、ある程度長期にわたって不定形的な業務を委託する場合、契約締結時点において、将来発生する費用をすべて想定することが不可能ないし著しく困難な場合もあります。そのような場合、上記協議条項は、有用なものとして機能するように思います(費用負担は、ほんの一例ですが…)。

 

 不要論者の主張するように、確かに、契約締結時点において、契約内容を全て具体的に定めることがベストですが、個々の取引規定の全てにおいて、それを貫徹することは、かえって取引を硬直化させ、不都合を生じさせる要因になりかねないというのが私の持論です。

 

まとめ

 私が思うに、不要論の根底には、「話し合いに応じてもらえないリスクを想定すべき」という性悪説があり、お互いの関係が良好であり、話し合うことが可能な状況であれば、協議条項など当たり前のことを言ってるに過ぎないというものです。この点については、まさにその通りですので、基本的には不要論に賛成です。

 ただ、最後の落としどころが「別途協議」になることも決して少ないわけではなく、不要論者が、協議条項を全て排斥して契約書を起案しているだとすれば、どうやって締結まで漕ぎつけているんだろう…と疑問に思ったりもします。

 

 なお、契約書においては、「合理的に判断される場合」「相当と認められるとき」「やむを得ない事由」といった曖昧・多義的な文言が使用されることもあり、個人的には、出来る限り、このような文言を使用しないように気を付けていますが、協議条項が不要というのであれば、このような文言についても、一義的な解釈しかできない表現にしているのでしょうか。

※ そうでないのであれば、いかなる場合をもって「合理的」「相当」「やむを得ない」と言えるのか、解釈が分かれてしまい、結局のところ協議が必要になるように思います。