箱庭的ノスタルジー

世界の片隅で、漫画を描く。

まったり薄給のブラック企業に勤め続ける友人の話

まったり薄給_ブラック企業

 

 はじめに。 

 こちらの記事を読んで、共感する部分が多かったと言いますか、ふと大学時代の友人のことを思い出したので、今日は、その友人の話をしたいと思います(便乗する形になってしまいすみません…)。

 

 

出世タイプだったはずのSさん

 仮に、その友人を「Sさん」としておきます。

 Sさんは、新卒で就職せず、卒業後も就職浪人を続けるという道を選んだ同級生です。「行きたい業界が分からない」「やりたい仕事が分からない」という悩みと葛藤しているうちに、就職活動が泥沼化し、なかなか内定がもらえず、卒業を迎えてしまいました。

 

 非常におこがましいですが、少なくとも私の知る限り、Sさんは出世とは縁のないタイプではありません。どちらかと言えば、何でも卒なくこなせる秀才であり、周囲への気配りもできる世渡り上手。大手企業へ就職し、今頃、同年代の中でも出世頭になっていてもおかしくないタイプです。だから、余計に「なんでSさんが…?」という気持ちを抱いたのを思い出します。

 もっとも、卒業後、程なくしてとある中小企業への就職が決まったという話を聞き、「仕事が決まって良かった」と安堵していました。

 

Sさんが勤める企業は…まったり薄給ブラックだった。

 それから3年ぐらいが過ぎた頃でしょうか。共通の友人を通して、久しぶりにSさんに会う機会があり、Sさんの近況を聞いてみました。すると、どうやらSさんが勤めている会社は、まったり薄給のブラック企業のようなのです。

 新卒1年目の給与は手取りで15万円ほど。残業代も賞与もなかったそうですが、社長の説明によると、「入社1年目は我慢して欲しい。2年目以降は、手取月収20万円以上と、残業代・賞与の支給を保証する」とのことであり、それほど激務でもないため、1年目は我慢したそうです。Sさんは、入社1年目から仕事で結果を出し、かなり会社に貢献したそうですが、当初の社長の説明どおり、それが給与アップなどに繋がることはありませんでした。

 

 しかし、2年目以降も社長は約束を守らず、それどころか給与は据え置き。残業代・賞与も出ず、いよいよ会社の異常さに気づき始めます。毎月のように人が辞めていき、それに伴って毎月のように人員を補充。新たに入社した社員に対しても上記のような説明を行い、あたかも「直ぐに給与が上がる」と期待させつつ、その実、待遇が改善される気配はありません。

 3年目。Sさんは、仕事で結果を出し続け、営業セクションのマネージャーになったそうですが、その肩書きは名ばかりであり、給与は新入社員と同額。信じられますか?入社3年目でバリバリ活躍している社員と、新入社員の給与が同額ですよ?どれだけ結果を出してもそれが給与に反映されることはなく、責任だけが増えていくという異常な会社です。

 

 この話を聞いたとき、私は、「Sさんの能力ならば、もっと好条件の企業に転職することは可能であろうし、今の会社で十分経験もノウハウも積んだし、その会社を辞めてはどうか」と、お節介ながらもアドバイスしました。「石の上にも三年」も経過しようとしており、何より、当初の約束を果たさないブラック企業にとどまり続ける理由はないと思ったからです。Sさんは、「確かに、そうだよなぁ」といった感想を述べていたように記憶しています。

 

 それから、さらに2〜3年が過ぎた頃。再びSさんと会う機会がありました。さすがに、あのブラック企業は辞めただろうと思いきや、何とまだ勤めているとのことであり、私は驚いてその理由を聞きました。Sさんから聞いた理由を整理すると、凡そ次のようなものです。

 人の入れ替わりが激しく、気づけば会社の業務内容を完璧に把握しているのはSさんだけになっており、新たに補充された新入社員はSさんを頼りにしてくるそうですが、その新入社員もそのうち辞めてしまいます。人が定着しないために、ノウハウの承継が進まず、古株社員の負担が過度に大きくなるという負のスパイラルに陥っているようでした。このような状況の下、Sさんは、「自分が辞めてしまえば、誰が新入社員の面倒を見るのか」という心配を抱えるようになり、退職しようにもその期をズルズルと逃し、今に至った…と。

 

まったり薄給のブラック企業に勤め続ける理由

 上記の話を聞いたとき、まず、Sさんの人が良すぎると思いました。

 社員を教育・育成するのは、会社の責任であり、社内の教育担当者(そもそも、Sさんは、教育担当者ではありませんが)が退職して、社員教育が円滑に進まなくなったとしても、退職する人からすれば知ったこっちゃありません。そうならないように、ノウハウを社内で蓄積・共有しておき、他の社員がカバーリングできるよう、組織や人員体制を構築し、リスクヘッジを図るのが普通だからです。

 人が定着せず、そのような組織を構築出来なかったのは会社のせいなので、堂々と会社のせいにして辞めればいいのです。また、後に残された新入社員のことを心配していますが、皆成人した立派な大人であり、自立した社会人です。最終的には、誰にも頼らず、自分の力で生きていかなければなりません。Sさんが残った社員の心配をする必要なんてどこにもないと思います。

 

 次に思ったことは、人の良心につけ込むブラック企業の手口の卑怯さです。

 少し前の記事になりますが、こちらの記事の中に次のような指摘があります。

一見、使い捨てにするブラック企業と「辞めさせない企業」は真逆の存在のように見えるが、じつは「辞めさせない会社」も利用価値のない人は退職に追い込むが、利用価値のある人は潰れるまでとことん働かせるという意味では、同じブラック企業なのである。

 

 まさにこれだなーと。「利用価値のある人間」については、とことん飼い慣らし、辞められない状況を作っていくのもブラック企業の特徴です。「給与が上がる」と飴を与える。役職を付与して責任を課す。使えない人間は次々と切り捨て、慢性的な人手不足の状況を作り、簡単には退職できない雰囲気にする…など。

 私には、優しい性格であるSさんが、このような手口にまんまと嵌ってしまったように映りました。

 

 ここまでは、良い人ほどブラック企業に勤め続けてしまう理由としてメジャーなものであり、何となく想像がつきます。しかし、「まったり薄給」のブラック企業については、これらに加えて、もっと本質的な理由があると思っているんです。それは、そんなブラック企業ですら心地良いと思ってしまう心理です。

 

 Sさんの話を聞きながら私が感じたのは、「当初の約束を守らない」「仕事で結果を出しているのに、正当に評価されない」といった不満はあるものの、会社が自分のことを必要としてくれることや、自分が社内で一番上の部類の立場にあることに対して、心地良さのようなものを感じているのではないか?という点です。

 例えて言うのであれば、学校でのクラブ活動です。最初のうちは、一番下っ端で、先輩にも気を遣わなければなりませんが、そのうち学年が上がり、自分に対して意見できる人間は、監督やコーチなどに限られてきます。要するに、極端な言い方をすれば、部内でデカい態度がとれるようになるということです。そうすると、「練習がキツい」「頑張っているのにレギュラーになれない」という不満があっても、そのような環境を心地良いと思うわけです。

 

 人間は、本能的に環境の変化を嫌う生き物だと思いますが、Sさんは、安住の地から離れたくないという心理が働いているのではないかと思うのです。環境を変えて新しい職場に移ったとしても、Sさんなら順応できると思いますが、おそらく、新しい会社では、マネージャーという肩書きはなく、平社員からのスタートです。新たに一から人間関係も構築し直さなければなりません。せっかく手に入れた安住の地を手放してでも、環境を変えたいか?と問われれば、そこまでの熱意も欲もない…という感じでしょうか。

(ましてや、Sさんは、働くことの意義などについて、学生時代から暗中模索していたため、転職することに対して余計に忍び足になるのでしょう)

 

結語

 今の若者は、出世意欲がなく、車や腕時計などの高級品にも興味がなくなってきており、最低限暮らしていくことのできるお金さえあれば、それで足りると考えている人が増えています。また、結婚にも積極的ではなく、最悪独り身でも仕方ないという考え方の人が増えていると聞きます。

 そのため、精神的・肉体的に労働者を追い込み、労働者の心身に悪影響を及ぼす正真正銘のブラック企業は別としても、低賃金で人を使いまわす「まったり薄給」のブラック企業については、そういった欲のない人のニーズに応えているのでは…という気がしないでもないのです。別に給料が上がらなくとも、自分の仕事を正当に評価してもらえなくても、まったり働き続けることが出来るのであれば、敢えて就業環境を変えるというリスクを冒す必要はない…と。

 

 以上のSさんの話を通して、私は、「ブラック企業」という一元的な定義付けだけでなく、良い人ほどブラック企業を辞められない理由について、時代背景や労働者の労働意識の変化などを踏まえ、多角的に分析すべきではないか…と考えています。

 そして、場合によっては、そのようなブラック企業であっても、必ずしも「絶対悪」とは断言できないという気もしているのです。気がしているだけですが。