箱庭的ノスタルジー

世界の片隅で、漫画を描く。

漫画作業環境にiPadを使いたいと思っている理由

今から4年前。

当時の僕はiPad Pro 12.9インチを購入して、興奮のあまりこんな記事を書いていた。

 

pochitto.hatenablog.com

 

文体が意識高い系のITガジェットブロガーみたいで、今から見直すと少し笑ってしまう。「ライフハック」などの謎の横文字を口走りながら、デスクツアーとかをやりそうな勢いだ。

 

まあ、こんな偉そうなことを言いつつ、実はiPad Pro 12.9インチはもう既に手元には無い。ただ、今はまたiPadを買いたいと思っていて、漫画家目線から見たiPadの役割論みたいなものを語りながら、その理由をツラツラと書いていこうかなと思う。

 

iPad Proを売却した理由

なんでiPad Proを手放してしまったのかと言うと、その当時の僕にはiPad独自の存在意義や役割を見出すことが出来なかったからだ。

 

iPadで出来ることは幅広く、その気になればプロ顔負けのイラストを描くことも出来るし、漫画原稿を制作することだって出来る。僕も最初はProcreateというアプリを使って模写絵やイラストを描いていた。

しかし、本格的に取り組めば取り組むほど、iPadというデバイスが中途半端な器用貧乏キャラに思えてきて、僕は早々にiPadの限界を感じ取っていた。

 

Apple Pencilは定期的に充電しなければいけないし、12.9インチだからと言って特別大きいわけでもないし、複数レイヤーを使えば処理落ちすることだってある。ハイエンドデバイスと云えども、CPU・メモリにも限界があるということを常に念頭に置いておかなければならなかった。

 

そういうスペック不足に直面するたびに徐々にストレスが増えていき、iPadで絵を描き始めてから1年ほど経過したところで、僕は液タブ(Wacom Cintiq16)への乗り換えを決意する。

液タブに乗り換えてからは、iPadを使って絵を描く機会はほぼなくなり、昨年Cintiq Pro 24に乗り換えたことによってその趨勢は決定的となり、そのままの流れでiPadをメルカリで売却してしまった。

 

そのときの僕は、

iPadよりもスペックの高い液タブがあるんだから、全部それで描けば良いじゃん」・・・と考えていた。

 

アナログ環境を取り入れて分かったこと

しかし、最近になって作業環境(作業工程)に変化が現れる。

 

日々の練習サイクルの中にアナログ作業を取り入れるようになり、ラフ絵とかデザインアイデアなどは、クロッキー帳スケッチブックに書き溜めるようになったのだ。

 

 

クロッキー帳に描いているものは、人物クロッキーとか、人体解剖(骨格・筋肉)とか、顔写真の模写とか、その日描きたいと思ったことを雑多に描き殴る感じであり、特に決まりはない。

最近は人体を箱に置き換えて描くことにハマっており、Pinterestで見つけたポーズ写真を参考にしながら、ただ黙々と3時間ぐらい箱を描いていることもある。何だか無心になれて楽しいのだ。

 


スケッチブックには、何となく思いついたデザインを描いたりしている。

こちらも特に決まりはなく、キャラクターやモンスターを描くこともあれば、植物、建築物、武器、アクセサリーを描いたりもする。結構自由な感じで雑多に描き殴っており、世間的に言えばアイデアスケッチみたいな位置づけになると思う。

 


こういったアナログ絵を描くようになってから、僕はいくつか重要な点に気づくことができた。

 

まず何と言っても、アナログ絵は気楽だ。そもそも描いているものがラフ・スケッチなので、清書もクソもないし、デッサンが狂っていようが関係ない。自分が描きたいと思ったものにペンを委ねている感じで、肩肘を張らずに絵と向き合うことができる。とてもラクだし、しかも楽しいのだ。

あと、アナログ絵の方が自由な発想で描ける。これは何でか分からないけど、液タブに向かって絵を描いている時にはあまり無い感覚で、「デッサンが狂っていようが関係ない」「とにかくイメージに任せて描く」という自由な気持ちで描いているおかげか、デザインやイメージが浮かんできやすい。僕には紙に向かって描くという感覚が合っている気がする。


というわけで、絵の原点というか、本来の絵の楽しみ方を思い出したようで、アナログ絵にはこんなメリットがあったのかと今更になって痛感している。僕はデジタルではなく、アナログで絵を描き始めるべき人間だったんだろうな。「全て液タブで描けば良いじゃん」という僕の考え方に風穴を空けたのはアナログ環境だった。

 

アナログと液タブの間を埋める中間役割

しかし、そうは言っても、全ての作業をアナログで完結させることは難しい。

ペン入れ、着彩、コマ割り、吹き出し、セリフ入れ、効果線、トーン貼りといった細かい作業はどうしてもデジタルで行う必要があるからだ。

 

つまり、デジタルとアナログにはそれぞれ得意としている守備領域があって、雑多にラフスケッチを描き殴ったり、ぼんやりとしたイメージ・アイデアを出したりするのはアナログが向いており、細かいところを描き込んでいくような最後の仕上げ作業はデジタルが向いている…という棲み分けになる。

そして、もしそういう守備領域なのだとしたら、僕の作業環境には「イメージやデザインアイデアをもっと具体的な構図に落とし込んでいくフェーズ」が必要なんじゃないかと最近思っていて、それが要するにアナログ(アイデア出し)と液タブ(最後の仕上げ)を結びつける中間の役割としてのiPad…ということになる。

例えば、普段ラフスケッチを描いていると、このイメージをもっと膨らませたいと思う時がちょくちょくある。人物の表情・ポーズ・配置を整えたり、簡単に色を乗せたりしながら、漫画やイラストでも使えるような構図へと具体化したくなるのだ。

 

しかし、その作業をアナログでやろうとすると、「何度も描き直さなければならない」「色を間違えて塗れない」といった制約や心理的負担がつきまとい、どうしても作業効率が悪くなってしまう。アナログの良さは「間違えても良い」という気楽さにあるからだ。

かと言って、それを液タブでやろうとすると、今度は手軽さ・気軽さが無くなってしまい、「ちゃんとした絵を描こう」という意識が強くなるため、ややオーバーワーク気味になってしまう。もちろん、液タブでも出来るとは思うけども、何と言うか、液タブで描くにはやり過ぎなのだ(そのイメージを採用するかどうかも分からないし)。

 

だから、こういう作業はiPadが丁度良い。iPadは、液タブほど肩肘を張らずに絵が描ける一方で、アナログよりも出来る範囲が大きい。アナログと液タブの良い所どりのデバイスと言える。

全ての作業をiPadだけで完結させようと思ったら「器用貧乏」という印象になってしまうけども、それは作業工程を細分化していないだけであり、アナログ作業と液タブ作業の間を繋ぐ中間的な作業を想起するなら、iPad以上に最適のデバイスは無いかもしれない。かつての僕にはその発想がなかっただけだったと思う。

 

おわりに(理想の作業割合)

現時点で僕が考えている理想の作業工程は、最後の液タブ作業を全体の20〜30%ぐらいの割合に抑えることであり、アナログ作業とiPadによる中間作業を終えた時点で、ほぼ漫画・イラストの全体像(デザイン部分)は出来上がっている状態が理想だ。

 

まあ、そんなに上手くいくかどうかは分からないし、ネーム作業は液タブの方がやりやすいとか、少しだけアナログで描いたあとにiPadで形を整えた方が上手くいくとか、実際にやってみないと分からない部分も多い。

ただ、これまでは全ての作業工程を液タブでやってきたので、その作業割合を減らしたいというか、100%の作業割合を20%とか30%まで減らした時に、今までとは違った見え方がするのではないか、新しい境地が開けるのではないかと勝手に期待している自分がいて、その可能性をiPadで試したいという気分である。