箱庭的ノスタルジー

世界の片隅で、漫画を描く。

風景と記憶はどう繋がっているのかが知りたい。

風景というのは不思議だなーと思う。一度も見たことがない景色なのに、どこかで見たことがあるような既視感が頭をよぎることもあって、「子どもの頃に過ごした地元の商店街」の風景がフッと頭をかすめたり、「大学時代に住んでいた京都の街並み」が記憶の中に蘇ってきたりする。全然違う場所だし、昔見た景色とは似ても似つかないのにとても不思議だ。

 

逆に、同じような景色なのに、全く違う景色のように感じることもある。例えば、大きな国道が通っている街というのは、どれも似たような景色になりがちで、車の交通量が多いとか、国道沿いに駐車場が広めの飲食チェーン店が軒を連ねているとか、豪華絢爛なラブホが建立されているとか、同じような要素を持っているはずなのに、どれも違う街のように感じてしまう。

 

この点については、その街に対して抱いているイメージとか、その風景に紐付いている記憶が大きく関係しているんだろうなーと思う。

 

例えば、少し前に北多摩にある秋津駅(and新秋津駅)という所に行ったことがあるんだけど、あの周辺は最近のお店と昔から営業している古いお店が混在しているエリアで、雰囲気のある惣菜屋さんなどもあった。THE・東京の下町という感じの街だ。

僕はこの街の景色を見て、懐かしさを覚えると同時に子どもの頃に過ごした地元の景色を思い起こしたんだけど、そもそも僕の地元は大阪であり、全く街のつくりも違う。東京と大阪とではお店の種類や雰囲気も全く異なっており、この2つの街が似ているはずがないのだ。それでもこの2つの街が似ていると思ったのは、僕の記憶の中にある「買い物袋を提げて八百屋で買い物をしている母親の姿」というイメージが見事にリンクしたからに他ならない。

 

たぶん、それは見た目だけの景色に限らない。電車や踏切の「音」もそうだし、お店から漂ってくる料理の「匂い」もそうだと思う。そういったものが五感を刺激して記憶を呼び覚まし、過去の記憶の中にある風景と結びつく。要するに、僕にとって風景というのは、僕の中にある根源的な記憶を呼び覚ます装置なのだ。

 

そして僕は、風景のどういった要素が、どういう記憶を呼び覚ますのか、あるいはどういう記憶と結びついているのかが物凄く気になっている。昔旅行で訪れた場所を思い起こしたのであれば、それは「道の形」がそうさせたのか、はたまた「緑の量」なのか、それとも「看板のデザイン」か。

それはすなわち、僕の中で記憶やイメージがどう形成されているのかを確かめる作業でもあり、もっと言うなら僕という人間を理解するための旅でもある。僕がブラブラと散歩や街歩きをしている時、街の風景を眺めているようで、実は自分自身を見つめているんだと思う。