箱庭的ノスタルジー

世界の片隅で、漫画を描く。

模写の題材を違うものにしてみる。

うー寒い。明日からまた暑くなるらしいけど。

 

ここ数日は情報整理に時間を費やしており、Notionを使って知識やアイデアを集約するスキームを作っていた。おかげで全く練習が進んでいないんだが、明日からまた練習のペースを取り戻したいな。

 

さてさて、今日は本気模写100枚企画の題材について。

 

8月末から始めて約1ヶ月半。残りが約20枚ぐらいのところまできた。案外長かったような気もするし、あっという間だった気もする。

本気模写の効果もあってか、最近は僕が目標としているアナログっぽい線の出し方も分かってきたし、描き込みのやり方やベタの塗り方もちょっとずつ分かってきて、あとは顔のバランスが上手く取れるようになれば…ということで、残り約20枚については、今参考にしている裏那先生の絵ではなく、もう少し目先を変えて、別の絵柄を参考にしようかなと思い立った。

 

 

それが、「地獄楽」の賀来ゆうじ先生と、「ブルーロック」のノ村優介先生のお二人。

 

賀来先生の絵柄は、目を極端に大きくしたり、等身バランスをイジったりするというよりは、どちらかと言うとリアル寄りの絵であり、「女性の艶やかさ」とか「静かな表情の奥に潜む意志の強さ」を表現するのが上手いと感じている。

特に僕が好きなのは佐切の描き方で、一見すると感情のないロボットのようなキャラクターに見えて、実は自分の感情から目を背けていただけの弱い人間だった…というギャップがたまらない。徐々に「弱さ」や「人間らしさ」を曝け出すようになる変化も興味深いし、単に「美人剣士」というビジュアルだけが際立っているわけではなく、立体感のある描き方をしていると思う。しかも、時代劇を題材にしているのにめちゃくちゃ今風だ。

 

ノ村先生の絵柄は、これぞTHE・少年漫画って感じの絵で、フットボールに青春をかける若者たちの「情熱」や「狂気」が画面の中にほとばしっている。昔の少年漫画は、若者たちの友情とか、悪を断ずる正義感とか、そういう美しい精神性ばかりにフォーカスが当てられていたし、世間もそういうキャラクターを望んでいたけど、最近は、少年誌の主人公でも、利己的な動機とか、人間の内に潜む狂気性といったものをあまり包み隠さなくなってきたように思う(少し青年漫画化している…という感じ)。

「チェンソーマン」のデンジもそうだし、「ガチアクタ」のルドもそうだ。そして、「ブルーロック」の主人公・潔も例外じゃない。自身のうちに潜む「エゴ」が徐々に顔を覗かせる展開になっており、この「狂気性」をどう描くかが現代漫画の鍵になっている気がする。というわけで、是非ノ村先生の絵柄も参考にしたい。

 

まあそんな感じです。

あともうちょっと。この調子で完走するぞー。