箱庭的ノスタルジー

世界の片隅で、漫画を描く。

漫画の絵は上手いより下手な方が良い?

Xを久しぶりにボーッと眺めていたときに、たまたまひとつのポストが目についた。

 

それは「なぜSNS漫画の絵は下手(雑)なのか?」というお題であり、その人は、「下手な絵を描いても読む人の反応は大して変わらない」「読者は更新頻度を上げてくれる方が嬉しい」という理由を挙げ、「作画に時間をかけるのはコスパ・タイパが悪い」「下手な絵で良いからどんどん作品をアップしていった方がいい」と結論付けていた。

 

僕は、この人の意見に半分ぐらい賛成であり、半分ぐらいは反対・・・というか、ちょっと違う視点を持っている。その点を商業誌で活動している僕がちょっと取り上げてみたい。

 

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まず、「上手い絵を描いても、下手な絵を描いても、読む人の反応は大して変わらない」という主張部分。これは、正直かなり正しいと思う。

というか、もっと言ってしまえば、「ちょっと上手い絵」と「下手な絵」だったら、「下手な絵」の方が好印象な場合すらある。

 

それはなぜか。答えは単純である。

今の漫画・イラスト界隈は、画力がハイパーインフレ状態を起こしており、「ちょっと上手い絵」だったら腐るほどあるからだ。昔だったら、70点の絵を描けば「すげー!」「上手い!」と言われていただろうけど、今は平均点が70点なので凄くも何ともない。「ちょっと上手い」ぐらいである。

 

つまり、多くの漫画家(イラストレーターも含む)は、一生懸命頑張って描いたところで、「70点ぐらいのちょっと上手い絵」しか描けないが、それは立ち位置でいうと「分厚い中間層」に位置しており、最も人口分布の多いところであるため、他の漫画家との差別化を図ることができずに埋もれてしまう。その結果、読者から見たときに「40点ぐらいの下手な絵」も「70点ぐらいのちょっと上手い絵」もそんなに印象が変わらなくなる。どちらもよく見る絵だからだ。

 

むしろ、業界全体の画力平均点が上がった結果、「40点ぐらいの下手な絵」の方が、今は珍しくなってきたので、そういう絵を描いた方が、「他の作家にはない個性を持ってる!」と評価されて目立つことができる。だったら、頑張って70点の絵を描く必要はなく、40点ぐらいの絵で良いんじゃね・・・という判断になっても何ら不思議ではない。皮肉なことにね。

 

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もちろん、これには例外もあって、90〜100点の画力に到達することができれば、当然他の漫画家と差別化を図ることができるので、画力それ自体が武器になる(例えば、小畑健先生、大暮維人先生など)。

 

つまり、僕の考えによれば、漫画家としてファンを増やす戦略は、大まかにいうと次の3つのうちのどれかだと思っている。

 

  1. 90〜100点の絵を描く→「上手い!神!」
  2. 画力は70点だけど独特の雰囲気がある→「クセになる!」
  3. 敢えて20点ぐらいの絵を描く→「尖りまくってて最高!」

 

・・・ずばり、これのどれか。

 

逆に、何度も言うように、「画力は70点です。それ以外に特徴はないです」という人は一番市場価値がない。そういう人がおそらく最も多いから。

要するに、先ほどのポストをした人は、「下手な絵」と表現していたけど、「上手い」「下手」という尺度で考えるべきではなく、「他の漫画家と被っているかどうか」という基準で考えるべきであり、もし下手な絵がウケたのだとすれば、それは下手だからウケたのではなく、他の漫画家と被っていないからウケたのだ。

 

そのため、このまま商業漫画の世界でどんどん下手な絵が増殖していけば、そのうち「下手な絵」が普通になってしまい、逆に「ちょっと上手い絵」が目立つようになるかもしれない。

 

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僕が思うに、一番重要なのは「作品のテイスト」と「絵の雰囲気」が合致していることなので、画力を伸ばしていくよりも、自分の作品のテイストに合った絵柄を見つけることの方が100億倍重要になる。

 

もっとも、「絵だけで食っていきたい」と思うなら、100点の画力を目指すべきだと思うし、そのレベルまで到達できれば、漫画に限らず、イラスト、広告、キャラデザ・・・などの仕事にもありつけるようになって、絵の仕事に困ることはないだろう。

ただ、そのレベルに到達できるのはほんの一握りの「神絵師」だけであり、ほとんど多くの作家には無理だと思う。また、純粋に漫画家としてやっていきたいのであれば、画力にこだわる意味はない。「70点だけどクセのある絵」を目指せばいい。

 

そんなこんなで画力の話でした。