箱庭的ノスタルジー

世界の片隅で、漫画を描く。

ハンドメイド革財布のエイジング(1年半)を語りつつ。

2023年の年末頃に購入したハンドメイド革財布が、約1年半経ってそれなりに経年変化してきた。

 

この財布はイタリアンレザーの「マルゴー」という革を使用しており、元々は表面にスクラッチ加工がされた優しい風合いの革だったのが、全体的に艶が出てきて大人っぽい雰囲気に。少年から随分と成長を遂げた。

 

<2023年12月>

<2025年7月現在>

 

カードのあとが浮き出てきているけど、それも味があって良い。

 

また、カスタムオーダーによって、小銭仕切りの革の色をキャメルに変更しており、こちらも渋みが増してきて、黄色から茶色へと変化している。

 

<2023年12月>

<2025年7月現在>

 

うーむ。色っぽい。

 

外側のストラップ取り付け部分の革もこんな感じに。

 

 

よく擦れる部分なので、端っこの方が少し黒ずんでいる。良き。

 

***

 

僕は革マニアではないし、特に若い頃は革製品に対して何の興味も無かった。

 

「高い」

「硬い」

「重い」

「機能性に劣る」

「雨に弱い」

 

・・・そんな印象しか持っていなかったのだ。

 

なので、10代・20代の頃に本革の製品を買った記憶はない。ファッション的にもナイロン素材の方が自分には合っていたし、道具として使えればそれで良いと思っていた。

 

しかし、ポーターのタンカーポーチのような例外を除き、何ひとつとして手元に残っていない。大学時代に使っていたあのバッグも、社会人時代に使っていたあの財布も、どこかのタイミングで壊れて、いつしか捨ててしまった。

それはまるで、10代・20代の頃の自分の生き方を現しているようで、だからこそ虚しいと感じるんだろう。とりあえずその場しのぎの物を買って、用が済めばポイッと捨てる。何の愛着もないし、記憶にも残らない。人間関係も似たようなもので、繋がりを感じるためだけに大事ではない人を大事にして、今は僕の周りにその当時の知人・友人は1人も居ない。

 

だからこそ今は、「本当に自分の感情が動くもの」「一生使い続けられるもの」を大事に使い込みたいと思うようになった。僕が40歳、50歳と年齢を重ねたときに、「これが僕が大事にしてきた相棒です」と胸を張って言えるように。

 

大事ではないものを一生懸命に溜め込んで、自分の感情を無視して人と付き合って、結果として何も残らなかった人生はもう終わりにしよう。これからは本当に大事なものだけを手に取って、それだけを残していきたいと思う。